言葉とイメージという、頭の中のものと向き合うことをお伝えしていますが、ストーリーテリングを聞いたことがない人にとっては、雲を掴むような話で、さっぱりわからないと思われそうだと書いていても思います。
感覚的で、確認し合うことが難しいものですが、避けて通れるわけではないので、言葉を変えて説明してみます。
読書している最中、自分の頭の中にある間のイメージは、さほどくっきりしていなくても、機能しているのだと思います。
けれど自分の外に出すときは、ぼんやりした感じでは外へ出すことができないのではないか、というのが経験的に感じていることです。
これは、表現すること全般に言えるのではないかとも思います。
表現する際に使うものが違うだけで、輪郭をくっきりさせていくという点では同じことのような気がしています。
ストーリーテリングでは、文章から受け取っているものを、絵にするという言い方をしますが、新しく絵に起こすというより、受け取ったものを意識していく作業だと思います。
意識するというのは、何を受け取ったかを確認して、光をあてる感じです。ぼんやりしているものを、ぼんやりさせないよう、形を保つよう支える感じで伝わるでしょうか?
この感じのことを絵にするとかイメージを固めるというのだと思うのです。
思えば、私は、暗記も絵を描くことも苦手でしたし、今も苦手です。
なぜストーリーテリングに惹かれ、ストーリーテリングを続けてこれたのかといえば、ストーリーテリングが暗記でも絵を描くことでもないからだと思うのです。
そして本を読むことは、私にとって子ども時代から今も日常の一部で、文章からイメージを受け取ることは、私にとって楽しみです。
ですから経験則ですが文章からイメージを受け取る延長線上にストーリーテリングがあるのだと思うのです。
あまり深く考えず、文章から受け取ったものを意識することが、まずは第一歩なのではないかと思います。