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目に見える変化

 先日久しぶりに青木図書館で出張おはなしの会をしました。毎年、年6回ほど伺っていたのですが、昨年はコロナ対応で1年間お休みでした。赤ちゃんから未入園児世代に親子で参加してもらうおはなしの会なので1年ぶりの開催で聞きにきてくれる人がいるのか心配でした。それでも、1人ずつ子どもをつれた2組の親子が参加してくれました。そして片方の赤ちゃんが11カ月だと聞いて感慨深いものがありました。去年の今頃はお母さんのお腹の中にいた子が立って歩いていることにいつも以上に心が動いたのです。

 長年おはなしの会をしていると時間をおいて久しぶりに子どもたちに会うことは珍しいことではありません。そんな時も子どもの成長を目の当たりにして育つ喜びのお裾分けをもらった感じになります。けれど今回コロナ禍でこの1年間は今まで通りのことができずに、私としては時間が止まった感覚でした。そんな中で11カ月の赤ちゃんに会ったことで成長の喜びだけでは表せない思いになったのです。時間は止まることなく常に流れていることを子どもを通して強く感じました。例えれば砂時計の砂がさらさらと落ちていく感じを見せてもらったような気持ちになりました。それは残り時間を意識するような減っていく上の砂を見たのではなく、増えていく下の砂を見ている感じでした。おとなになってしまうと1年の変化が目に見えることはほとんどないと思います。けれど幼い子どもたちの変化は目を見張るものがあります。内面もですが外見が大きく変化していくので育つことと時間の経過の関連性が分かりやすいと改めて感じました。

 目に見える変化がこんなに希望を与えてくれるとは思いませんでした。面倒なことも多いですが、私たちはひとりではないことを感じ、子どもたちが育っていくことのありがたさを噛みしめました。