聞きやすさ

 ストーリーテリングは語り手が緊張していると、聞き手も緊張を強いられ、聞いているうちに肩に力が入っていきます。リラックスして物語だけに集中して聞けることが、聞き手にとって聞きやすく望ましい状態だと思います。

 そのため聞こえれば、大声でなくとも大丈夫という考え方でストーリーテリングをしてきました。一番後ろの聞き手に届いているかを意識さえしていれば、大きな声を出そうと意識しなくても聞こえるからです。そして大きな声にこだわって無理をすると物語を受け取る以前に聞いていて苦しい感じがして、聞き手にとって聞きやすい状態にならないと感じていました。また滑舌なども、特にトレーニングすることなく自然が一番と考えてきました。声の大きさと同じように滑舌に語り手の意識がいくと、物語が聞きやすい状態にはならないからです。

 ストーリーテリングをするものにとって、聞きやすさは物語の受け取りやすさと同義です。ですから語り手がイメージをきちんと持っていることが何より大事だと思いますし、どんな状況になってもストーリーテリングである以上この点は譲れません。

 ただ、三密を避けマスク生活の今、状況が少し変わったと感じています。今まで、狭い場所で聞き手同士が身を寄せ合って聞くことができたストーリーテリングを、広い場所で聞き手同士の距離を保って聞くのです。まず一番後ろに届いているかの条件が厳しくなったと感じています。そしてマスク越しの言葉は、どうしてもくぐもります。そしてマスクに邪魔されて唇の動きが思うようになりません。くっきり聞こえないことが、物語の伝わり方の邪魔をしている感じがします。

 マスク越しという、今までにない条件が加わった以上、修正をかける必要が出てきたと感じています。聞き手の顔を見て語るストーリーテリングですから、答えは子どもたちの様子から引き出すことができます。滑舌や声の大きさというより、届いているか、物語を一緒に見ているかに意識を集中させて語る必要があります。今まで以上に聞き手の目をしっかり見て、渡せているかに気を配ることが求めらていると感じています。