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新型のタイプ

 学校図書館の先生が、あるクラスの子どもたちに関して「自分で考えていることが口をついて漏れ出していることに気がつかない」と評されていて言い得て妙だと感心しました。確かにそのクラスの子どもたちの中に、話を聞きながら言葉がでる子が何人かいました。話を遮っているという意識はなく、自分に集中して欲しいという意図もなく、喋ってはいるのですが思ったことを口にしている意識もない感じなのです。考えることと喋ることの違いを感じていない様でした。そして、おはなしのろうそくを消すときのお願い事を一つ声に出さずに強く思い浮かべてと伝えたら、じゃあジェスチャーでやるのと実際手振り付きで聞かれました。ふざけたり、混ぜっ返すつもりがないのが伝わってくるだけに戸惑いました。本当に声に出さないと考えられないというか、喋ることと考えることの区別をしていない様なのです。感覚としては音読から黙読に移るときの感じかもしれません。声に出さないと読めない段階から、なかなか黙読に移行できないタイプが思い浮かびました。

 喋ることと考えることの区別がいつどうやってついたのかは自分自身を振り返っても思い出せませんが、今までの子どもたちの様に意図的に発言していないとすれば、口を閉じてという従来型のお約束では解決しない気がしました。黙読への移行と同じなら、たっぷり喋るしかない気がします。けれどストーリーテリング中に無意識に声が出ることは、聞いている子どもたちの妨げになります。ストーリーテリング は声で伝えるものなので、静かな環境が大事だと思っていましたが、特に語り手以外の声がこんなに妨げになるのだと実感しました。今回はとりあえず喋ってしまう子に負けない声で対応しましたが、物語としては不自然になり語り手としては不本意な感じになりました。新しいパターンへの対応が必要だと思いました。