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まとめて読むことで

 昨日の勉強会で赤羽末吉さんの絵本で現在定番として読み聞かせで使っているもの以外でも読み聞かせに使えるものがあるかどうか検討しました。私たちは読み手の集団ですから絵本を検討する時は読み聞かせてみて聞いて比べます。時間に限りがあるので持ち寄った絵本を並べて選んできた理由などを参考に6〜7冊ほど選んで聞き比べたのです。

 聞いてみて一番感じたのは、画家としての赤羽さんの能力の高さです。対象物をイメージとして切り取る表現力が違うと感じました。けれどだからといって全ての赤羽作品が絵本として優れているといえないのも絵本のおもしろさだと思います。絵本ですから文章が聞いてしっくりこないものは読み聞かせで受け取ると伝わり方が弱くなると感じました。絵本の文章は聞いた時にどう聞こえるのかを意識した作者でないとどうしても書き言葉に引きずられて聞いた時に違和感を感じるものになります。だからといって口承で伝えられている昔話を語り口そのままに使えば絵本の文章としてふさわしいのかといえば、赤羽さんの絵を持ってしても絵が邪魔だと感じた作品がありました。この辺の問題は編集者の力だと思います。組み合わせを間違えると文章も絵も殺してしまう怖さを目の当たりにしました。加えて絵と文章のバランスはページ割と絵の登場人物のサイズ感でかなり印象が変わるのでこれも編集者の力量が現れるのだと感じます。絵本を受け取る側の視点と場面ごとの完成度だけでなく物語の一部だという視点が欠けると作品としては物足りない感じになります。

 絵本は対象と渡し方で評価が変わります。私たちが感じたことは、集団に対する読み聞かせに使うならという大前提での評価です。家族のお膝で読んでもらうのなら、また評価が変わるだろうということを忘れてはいけないと思います。遠目がきくといった集団の読み聞かせでの判断材料だけでなく、絵本の作りも思ったより影響を及ぼすことを今回体験しました。そして今まで使っていない絵本の中に読み聞かせに向く本があってとても興味深かったです。