自分の中から

 マスク着用が義務として習慣化しているのに、車を止めてテイクアウトの飲み物を買おうとして、うっかりマスクなしで窓口に立ってしまいました。注文することに意識がいっていてマスクをしていないことに自分で気がついていなかったのですが、注文途中で気がついて慌てて首に巻いていたストールで口元を覆い店員さんに謝りました。するとその店員さんはこちらの落ち度を咎めることなく「早くマスクなしの生活に戻れるといいですよね」と声をかけてくれました。最近人と物理的に距離を置く事が多いので何となくギスギスした雰囲気になりがちですが、このタイミングでこんな言葉を選べる人に会えて嬉しくなりました。マニュアルに書いてあるような言わなければならない言葉ではなく自分の中から出てくる言葉は人の心に働きかける力があるのだと思います。

 そしてこれはストーリーテリングでも言える事だと思います。イメージを固めてそこに言葉をつけるという作業は、テキストの言葉を自分の中から出てくる言葉に変換する作業だとも言えます。この時、言葉で自分の中に取り込んで暗記すると暗誦になります。暗誦は齟齬なく正確に言葉を再現する事が目的なのでこれではストーリーテリングになりません。テキストを暗誦するのではなくストーリーテリングという形にするには、言葉ではない形で自分の中に取り込む必要があるのだと思います。イメージという形で記憶した物にテキストの言葉をつけるという一手間がストーリーテリングをストーリーテリングたらしめているのだと考えています。結果自分の中に取り込んだ物を暗誦ではなく取り出す形になり説得力がある語りになるのだと思います。もちろん言葉が正確であるかも大事な要件です。記憶したイメージと結びつける際に丁寧に言葉を確認した方が物語のバランスが良くなることは間違いありません。イメージを取り出す時に言葉がつくのであって言葉ありきではないという感覚を掴むとストーリーテリングは飛躍的に語りやすくなります。