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比べられないもの

 私たちは読書している時に何を楽しんでいるのかは、頭の中で起こっていることなので他の人と比べることができません。本が好きということは伝えられてもどう好きなのか、どうおもしろいと感じたのかを直接共有することはできません。伝えるために言葉を駆使して伝えたとしても言葉に対する感受性が違うので厳密には同じ世界は見えないのだと思います。これを寂しいと感じる人もいるかもしれませんがここが読書のおもしろいところでもあると感じています。読書が個人のものだと言われる所以もここにあります。読書が自分だけの楽しみをもたらすことを知っていると自分以外の人にもその人だけの楽しみがあることが容易に想像できます。ですから大人同士は本の読み方や読書をどう生活へ取り入れるかに介入することがないのだと思います。

 同じようにストーリーテリングや読み聞かせも内容をどう受け取るか、どう楽しむのかは聞き手によって受け取り方が違うのだと思います。何がどの程度子どもたちに響くのかは実際のところわからないのです。けれどなぜ子どもたちに物語を届けているのかといえば、生活に物語が必要だと考えているからです。物語を受け取ることで自然と「考える」というスイッチが入ります。

「考える」というスイッチが入ると自分だけの世界で自分と向き合うことになります。この自分だけの世界があることが人として生きていく上でとても大事なのだと思います。物語の世界に没頭することを現実逃避などと揶揄する人もいますが物語は自分を自覚し自分を形作るための繭のような役割を果たすと感じています。ですから私たちは物語で何かを教えようとは考えていません。物語のメッセージを取り出して渡すことは、物語の繭としての効果を削いでしまうと感じるからです。そしてどう感じるかは自分と切り離すことができません。だからこそ比べられるものではないと考えています。