· 

迷っていたけれど

 読み聞かせもストーリーテリングも細々とですが長年続けてきました。習慣といってもいい位身体に馴染んだことなのですが、コロナ禍で状況によってはおはなしの会が中止になり今まで月によって回数が違ってもほぼ毎月していたことが毎月ではなくなっています。長期間中止になっているわけではないのでさほど影響はないと思っていましたが、意外と調子が狂うことに戸惑っています。中止が一回だけでなく突発的かつ変則的に起こることが堪えているのか原因が特定できているわけではありませんが理由のひとつは聞いてもらうことの不足だと考えています。

 読み聞かせやストーリーテリングは聞いてもらうことで完成します。これは元々わかっていることで当然そのつもりで取り組んでいます。けれどこういった事態になって聞いてもらうことの重要性が自分で思っていたより高いのだと気がつきました。物語を渡すことを目的としているのですから渡す機会が減ることが読み手、語り手にとって影響があるとは思いましたが影響の大きさに驚いているといった感じでしょうか。私はこの状況下でも小学生にはストーリーテリングをする機会を持っていたにもかかわらず、保育園の未満児さんに読み聞かせをしたら息が合わずに今まで無意識でできていた物語の受け渡しに苦戦しました。。私たちは聞き手に支えられ無意識に聞き手の息遣いを感じバランスをとっているのだと自覚しました。そしてこの感覚は継続することで磨かれ保たれるのだと実感しました。

 コロナ禍で対面で行うことが難しいこともありますが、おはなしざしきわらしの会のやり方での読み聞かせやストーリーテリングは対面以外は成立しないのだと確認した思いです。録音や画面越しでは渡せないものを渡しているのだと感じています。対面で行うことは私たちにとって譲れない方針なのだと思います。対面が叶わないなら読み聞かせ、ストーリーテリングはできないのだと納得しました。