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焦点をあわせる感じ

 ストーリーテリングや読み聞かせについて話したり書いたりして説明してきていますが、相手にわかってもらえたかと考えると十分とは言えないと感じています。ストーリーテリングや読み聞かせをすることは「技」とか「芸」とか言い表されるものに近いのだと思います。聞き手のメンバー構成によっても語り手の体調によっても変わってきてしまうのですから条件付けが複雑で言葉で説明するとどうしても伝えきれない部分があると感じます。芸道といわれる分野で「見て盗め」といわれたりだだ一心に繰り返すことで「体で覚えろ」といわれたりするのは、言葉にしきれないものがあるからかもしれないとも思います。

 それでも言葉で説明することを諦めきれず、歯痒い思いをしながら言葉にしてきました。そして考え続けることで整理できることもあるのだと思っています。それはちょうどカメラの焦点をあわせる感覚に似ています。どこに焦点を当てるかで優先順位が変わってきます。見える世界が違うのです。この焦点を自覚することでうまくいかないと感じていることの解決法が見つかることが多いと思います。同じ状態に陥っていても目指していることによって解決方法が違うからです。この優先順位がわかることはどこに焦点を当てているのか自覚することです。そして目指しているものが見えているからこそ焦点が当たるのだと考えています。こうやって文章にしてみると何も大発見ではなく当たり前のことだなあと思いますがここに思い至るまで、正解といわれるやり方の多さに振り回されどうしたらいいのか混乱し続けました。何しろうまくいっていないということだけは自覚しているので改善できそうなことに飛びつきたくなるのです。自分も半分溺れているのに、それでもストーリーテリングとはどういうものか言葉で説明しようとしたことが語り手としての私自身を救ったと思います。私のやり方は他の人が応用できることではないと思いますが、汎用性のある部分があると考えています。それは目指すところを自覚することです。このアプローチの方法は学校生活で目標を立てることに似ています。そして私たちは学校などで目標を立てて動くことを課せられてきたので目標を立てること自体は目新しいことではないと感じると思います。でも漠然と目標を立てることと自分がやりたいことを自覚して目標を立てることでは効果が違います。自分が目指すことを自覚し自分がどこに焦点を合わせているのか自覚することは羅針盤のように自分の進むべき道を指し示してくれると思います。