語り手とルートセッター

 オリンピックの種目になった「スポーツクライミング」という競技があります。「スポーツクライミング」は人工壁に配置されたカラフルな「ホールド」を手がかり足がかりとして、素手とクライミングシューズのみで壁を登りスピードや高さを競う競技です。この「ホールド」の位置を決め選手の体型などで難易度が左右されないようコースを決めるのが「ルートセッター」です。

 この「ホールド」の配置をする「ルートセッター」と語り手の役割は似ていると思います。語り手が何をしているのかをイメージを固めるとか丸ごと渡すとかいう言い方で説明してきましたが「ルートセッター」で説明するとわかりやすいのではと思いつきました。登る壁が物語でその物語を辿るためには全体のホールドの役割をする手がかりが必要だと感じるからです。聞いて受け取りやすいストーリーテリングと受け取るのにエネルギーが必要なストーリーテリングの違いはこのルートを示す事ができているかの違いではないかと思うのです。物語という豊かに茂った大木の枝葉を整理して幹を見せるという説明がスポーツクライミングのホールドをイメージしてもらうとより視覚的にわかりやすいのではないでしょうか。

 そして壁を登るのはあくまで選手でルートセッターではないように、ストーリーテリングでも物語を辿るのは聞き手であり、語り手はホールドを配置しルートを示す役割なのだと思います。イメージを固めて物語の世界を見えるようにすることは登るべき壁としての物語の世界を作ることだけに留まらずに、辿るべきルートを渡すことでもあるのだと言えます。ですからルートセッターがクライマーでもある事が多いように、ストーリーテリングをするには物語を聞いて受け取ることの楽しさを熟知している必要があると考えています。物語を丸ごと渡すには聞いて受け取ることが当たり前にできるようにならないと難しいのだと思います。