さあ物語の世界へ

 物語がなぜ私たちを魅了するのか、何が楽しいのかを表すのにぴったりな言葉を探しているのですが、なかなか思いつきません。物語によっても受け取った人によっても楽しさを表す言葉が違うからです。共通の部分をすくい上げる言葉を捻り出すとしたら「物語が物語であるから」ということでしょうか。物語の世界は現実世界を投影する部分があったとしても同一ではありません。私たちは物語の中だからこそ、何が起こっても安心して物語の中に留まる事ができます。自分の安全が確保されているからです。また物語の世界に入ることは自分という存在を手放すこととは違うのでそこで起こる事に集中でき心動かされたり考えさせられたりが自在にできます。そして物語は自分を写す鏡のような作用もあり現実世界で考えている事が炙り出され自分が何を考えているのかを改めて自覚することもあります。そのため大人の方が物語から受け取るものが多いのかもしれません。おとなになると善悪すら単純な基準ではなくなり、立場によって見えるものが変わってくることを体験的に知っています。そのため物語自体をより複雑に考える傾向が強くなります。けれど子どもたちはもっと単純に物語を受け取っていますし、もっと言えば物語の世界があることを覚えていく時期なのだと思います。

 ですからストーリーテリングや読み聞かせは、子どもたちが安心して物語の世界に入り、そこに留まる時間を作っているのだと思います。物語という現実とは別の世界がありその中で起こることを見聞きすることを楽しむ体験をしてもらっていると考えるとしっくりします。おはなしざしきわらしの会で私たちは物語の世界と現実世界との境界線を子どもと一緒に越え、そして一緒に現実社会に帰ってくる道案内役としてストーリーテリングや読み聞かせに取り組んでいるとも言えます。道案内役としてその物語を物語として渡すことは単純なようで意外と難しいものです。物語の世界をすんなりと受け取ってもらえるには語り手に迷いがあると物語がすっきり伝わらないからです。語り手はやはり物語を物語として受け取る経験を積むしかないと思っています。